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2011/11/28

◆西本幸雄元大毎オリオンズ監督が死去、91歳だった。西本監督で記憶に残っていのは監督1年目でリーグ優勝した1960年の日本シリーズ。今から半世紀前の嫌な記憶だ。記録を見ると、三原脩・大洋ホエールズは6年連続最下位からリーグ優勝。大毎は筆者が大ファンだった山内一弘外野手を4番とした「ミサイル打線」でリーグ優勝した。山内選手ファンとなったのは大王紙(3880)の本社が今もある伊予三島市(当時・現在は四国中央市)時代、小学3年生の時に月間漫画雑誌で「山内選手物語」を読んだのがきっかけだ。鉱山部落の山村に移り住んだ後は、自分でルールを作りサイコロ3個を使った野球ゲームを考案、ひとりで毎日遊んでいた。もちろん、実戦を見たわけではない、が、大毎の主力選手の名前や成績は全て覚えていた。小学時代には、四国の山村では新聞が伝えるプロ野球の結果は前日の試合が半分弱で途切れたもので、2日目に全試合結果が載っていた。■中学3年の秋、中学校のある村のバス停店先のテレビで日本シリーズを見ていた。記録を見ると10月12日第2戦のことだ。試合途中で突然、中継画面が切り替わり、浅沼稲次郎・日本社会党委員長が刺殺された瞬間が現れ、テレビを見ている皆が大声で叫んだ。60年安保の年だったが、あの事件がなければ、大毎が全て1点差で4連敗して終ったこと、結果、西本監督が辞職したこと以外に、大毎ファンには何も記憶に残ることのない、忘れたい日本シリーズだった。今では、記憶の外に消えた事件だが、半世紀過ぎた今も、西本監督と好きだった大毎オリオンズの選手たちのことが忌まわしい映像とともに、時々、オーバーラップして浮かんでくる。監督は8度の日本シリーズ挑戦で一度も日本一にはなれなかったが、あの60年のシーズンは筆者にとってはもっとも輝いたオリオンズだった。そして、翌年、高校入学とともに関心は野球以外へと広がっていった。あの頃の山村でのテレビ映像を今見ろといわれても、1分と見ることができない代物だったが、それでもみんな夢中になってテレビをみた。

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◆思惑低位株とした日成ビルド(1916)は16日の197円と4月20日以来の高値を付け、10月5日に付けた3.11東日本大震災当日以来の安値97円から倍化した。18日現在の買い残株数は170.6万株減の9977万株、一方、売り残は156.4万株減の540.5万株と縮小しやや悪化した。あくまで、不振相場のなかの思惑銘柄であり、主力株が反騰する場面では用無しとなる可能性が高い。サイコロを振るのは相手側。揺さぶりがあり、危険と思えば取り巻きはあっさり退く銘柄。出来高や信用取組が趨勢的に細っていくことは危険のサインと捉えておくべき。

◆日電産(6594)が気に入らないのは昨年4月の1万円台の高値から右肩下がりの相場となっていること。ただ、タイ洪水でモータ組立工場の操業停止は続いているが、HDDモータ用部品工場は操業を再開。今12年3月期同事業の業績予想は減額修正必至だ。が、転んでもただでは起きない永守社長。来期の同事業予想を増額修正したアナリストもいた。この日5週間ぶりに26週線を上回ってきた。次は、7190円前後にある52週線超えだ。株価は、一段づつ戻り抵抗ゾーンをクリアしていくことができるかどうかがポイント。ウォチングを続けよう。

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魁−SAKIGAKE−
株式市場の第一線で活躍するベテランアナリストの鋭い視点で、ひとつ先の相場を読む、プロフェッショナルレポートです。

筆者プロフィール
熱田和雄
1946年1月生まれ。

同年生まれの吉田拓郎ファンであり、写真家アラーキー(荒木経惟)大好き人間。1960年代後半の闘争の時代に明冶大学退学。証券会社に入社。市場部での場立を経て調査情報部で23年間あちらこちら走りまわり、各種証券関連リポートを書き続ける。自社リポートのほか新聞・雑誌記事を執筆。90年代後半の金融危機時に、28年半勤めた証券を退社。2000年代も、記事を書き続けている。

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